神戸の隠れた名店 お好み焼 広東料理 創作料理 広東料理処 お好み焼 千代(店内ご案内・店内コレクション)

店内ご案内

店内コレクション)

店内には、神戸を代表するお二人の芸術家の作品にふれることができます。
料理を楽しみながら芸術に触れることの出来るお店で、
楽しいひとときをお過ごしください。
神戸では著名なお二人の経歴と店内にある作品をご紹介します。

妹尾河童

妹尾河童妹尾 河童(せのお かっぱ、本名同じ{旧名:妹尾 肇「せのお はじめ」}、1930年(昭和5年)6月23日 - )は、兵庫県神戸市長田区生まれの舞台美術家・エッセイスト。
エッセイ『河童が覗いた』シリーズで発表されるその緻密な手書きイラストレーションも知られている。妻はエッセイストの風間茂子。(Wikipedia参照)

絵画
絵画
なぜ「千代」に、巨大な”空と海”の絵があるのか?

絵画客席の壁面に「神戸の空と海」を描いた大きな絵が掛かっている訳をお客様からよく尋ねられますが、あの絵は「少年H」の本の表紙のために描かれた原画です。青空に入道雲は上巻。真っ赤に染まった雲は下巻の絵です。2枚の絵の右側に、淡路島が見えています。
「少年H」の著者の妹尾河童さんが、初めて店に来られたのは30年も前のことですから”神戸・淡路大震災”よりもずーっと前です。依頼「河童さん」とお呼びし、親しい付き合いを続けさせていただいています。
 あの大震災が起こった時、安否を気遣って東京から駆けつけて下さいました。神戸は河童さんの生まれ育った故郷ですから、妹さんやお友達も多く、心配なさったのは当然です
が、「神戸の街が空襲で見渡すかぎり焼け野原になった頃と震災がダブって、じっとしていられなくてね。でも挫けるなよ、僕達もあの時代から再び立ち直って、神戸の街を蘇らせたんだからね。今、千代さんは何をして欲しい?」と尋ねられたので、厚かましいと思いながら、「店が再建できた時、店の壁に”青空に浮かぶ雲”を描いて頂けませんか?」と申し上げました。その時、河童さんが「よし、分かった」と言われました。

絵画 それが「少年H」の表紙の原画だったのです。河童さんがデザインされ、雲を描く画家になっていらっしゃる、ご子息の太郎さんが描かれた貴重な絵を寄贈して頂きました。
 更に、あの震災で壊滅した千代の周辺のスケッチも「ここへ」と入口近くの壁にかけるように指示され「千代さん、この絵は震災のあったことを忘れずに、一家みんなで力を合わせて頑張れって意味だよ」と言われました。
 河童さんが神戸へ来られた時は、いつも「ただいま」と言いながら入ってこられます。私達も「お帰りなさい」とお迎えしていますが「千代」一家は、いつもその言葉を忘れずに頑張っております。
 ご来店くださるお客様の期待を裏切らない店であり続けるために、河童さんが「ただいま」と帰ってきて下さる”空と海”がある店で在り続けるために・・・・。

新谷 琇紀

新谷 琇紀(しんたに ゆうき、1937年7月 - 2006年8月31日)は昭和時代に活躍した具象彫刻家。「愛」をテーマに精緻で柔らかな作風。 女性を中心とした人物像などを発表、その多くが神戸市内に野外彫刻として設置されている。
1937年7月、新谷英夫の長男として、兵庫県神戸市に生まれる。父を師として彫刻を始めた。金沢美術工芸大学を卒業。イタリア・ローマへ留学し、エミリオ・グレコらに師事する。神戸女子大学で教授職の傍ら、彫刻家として作品を発表してきた。妹の新谷英子も彫刻家で、神戸女子短期大学教授を勤めている。 1971年12月28日、イタリア人モナイ パトリッツィアとイタリアで結婚。ほとんどの女性の彫刻はパトリッツィアがモデルになっている。
2006年8月31日、肝不全のため69歳で死去。(Wikipedia参照)

カウンターには、メダルが埋め込まれていますが、これは昭和時代に活躍した具象彫刻家「新谷琇紀」さんの作品で、これらも当店とゆかりあるものとして、店内の風景となっています。

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